2019年02月06日

【57】欧米人好きなワタシ(4) 子どもの個性に敬意を示す大人でありたい

シリーズ9:「欧米人好きなワタシ」(4)


子どもの個性に敬意を示す大人でありたい


このシリーズでは、比較的、欧米人との距離が近い私が、一般的な欧米人の考え方や行動の中から、この点は一般的な日本人の考え方よりも私は好きだな・・と思う点を書き上げています。その4回目のテーマは「子どもの個性への敬意」です。

一般的に親や教師を含めた大人というものは、自分の価値観に近い子どもの方が扱いやすいものです。たとえば、勉学に価値観を置いている大人は、勉学が得意な子どもの言動が自分にとって理解しやすいので、高く評価してしまいがちです。逆に、勉学ではない面に高い才能を持っている子どもの良さというか、個性を高く評価できない傾向が残念ながらあるように思います。

特に、学校の先生になるようなタイプの人は、勉学に自信があるケースが多いので、どうしても、勉強のできる子やその面での努力が見うけられる子を褒めてしまいがちです。それはある程度、仕方がないわけですが、子どもにはもって生まれた“素晴らしい個性”というものがありますよね。体育が得意な子とか、手先が器用な子とか、芸術面での才能を持っているとか、アイデアマンだとか、性格がすごく優しくてみんなから愛されるタイプだとか・・。

世の中にいろいろなタイプの人間がいること自体が、とても素晴らしいことだと思うので、AIの活躍が期待されている今こそ、子どもの持って生まれた個性というのは大切にすべきだと思います。ただ、勉学以外での高い才能や個性を持った子どもというのは、学校のような集団生活の中では、その個性に自信をもつような言葉をかけてもらえることは、なかなか期待できないように思います。

となると、それを担当すべきなのは親ということになるわけです。つまり、「あなたの素晴らしさは、学校の先生をはじめとした他人には今はまだ、わかってもらえないかもしれないけど、私は素晴らしいと思う!」と言い続けて、それを伸ばしてあげられるのは、親の任務なのだろうなぁと思うわけです。理想的には。

でも、なかなかそんな理想的な親にはなれないですよね。親だって、まだまだ未熟な人間なのですから。学校の先生からの一般的な(時には偏った)「評価(成績表)」に、一喜一憂してしまうのが、普通の親ですよね。

しかし、欧米の家庭で親と話をしていると、「自分の子どもの個性を尊重しているなぁ。こういう家庭環境で育てられた子なら、自己肯定感は自ずと高まって、大人になるのが楽しみだと思って、子ども時代を過ごせるだろうなぁ」と感じることがあります。

「この子には、こんな才能があるんですよ。」「こんな面に対して、親としてこの子に感謝しているんですよ」という欧米人の親の発言を聞くたびに、「自分の子どもの個性に敬意を抱く気持ち」の大切さを感じます。

一方で、一般的に日本人の親は、謙遜さからか自分の子どもを人前で褒めるようなことは稀ですし、成績の良さに価値観を持っている親の子が、成績面で親を満足させることができない場合、家庭内で子どもの自己肯定感が低くなってしまうような会話が繰り広げられることもあります。

子どもの自主性や主体性を育てるべき家庭内で、子どもが自分なりに(そこそこ?)努力しているにもかかわらず、「頑張らないから、こんなテストの成績をもらうことになるのよ!」などと言われるケースって、日本では日常茶飯事な気がします。

実はですね、私自身、学校でも、塾でも、家庭でも、「頑張らないから、どうこう」と言われることが多い子ども時代を送ったので、「自分はまだまだ、努力が足りない」とずっと思って大人になりました。それが当たり前だった日々の中で、アメリカの家庭にホームステイしてみて、そういうことを言われずに育っている子どもたち、逆に親から信頼されたり、感謝されたりして、すくすく育っているアメリカの子どもたちを目にして、カルチャーショックを受けました。

日本人が「努力を美徳」としている国民だということ自体は、悪いことではないと思うのですが、「まだまだ努力が足りない」と言われ続けて育つよりも、「あなたの個性は素晴らしい。親として尊敬する。感謝している。」などと親から言われて、親より詳しいことを伝授した場合は(今なら、スマホの使い方・笑)、感謝されて育つ子どもの方が、自己肯定感は高まるに違いありません。

日本人はこれまで、同じような能力、体力や体型、経験の人が多かったので、勉学に限らず、スポーツや芸術面でも、努力によって解決する(今の問題が解決しないのは、努力が足りない)と思う傾向があっても間違ってなかったと思うのですが、日本でも国際化がある程度進み、もはや能力や体型(筋肉量など)が明らかに違う子どもも増える中で、「努力だけで解決できる問題ではない」ことに気づいているのは、昔を基準としてしまう大人ではなく、(今の日本で育っている)子ども自身なのではないかと思う、今日この頃です。

「欧米人好きなワタシ」としては、「努力を怠らない」という日本人の美徳を大切にしつつも、子どもの個性に敬意を払い、自分の子どもの素晴らしい面を人前で話す人の多い、欧米人の親の言動も参考にした言動のできる大人でありたいと思っています。

よしこママでした。
posted by よしこママ at 16:48| エッセイ